もずの独り言・はてな版ごった煮

半蔵&もず、ごった煮の独り言です。

なめくじ長屋の里菜日記/本多政重と土井利勝-キレ者、宿命の対決-

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おう里菜サン、そいつァいつものすいーとぽてとですかい?

ありがてえ。こいつはオレも左平次もいっつも楽しみにしてるんでね。

里菜サン、今日は面白れえ料理を左平次がこさえたから、ちょっとつまんでってくんな。

里菜サン、こいつはきのこ鍋だ。

このきのこはそこに居るお凜ってえのが採って来たきのこだ。お凜は秩父村の百姓の娘なんだがな、こいつァちょっと田植えが下手っぴでな。で、こいつの親父がきのこ採り教えたらこの腕だ。大したモンだろ。

おいお凜、おまえ、この鍋に入ってるきのこ全部里菜サンに説明しろ。

リコボウ、ヤブタケ、アイシメジ、ヌメリスギタケ、クリフウセンタケ

お凜、もういいや。そんな聞いたことも無えきのこの名前ズラズラ言われても里菜サン目ェぱちくりするだけだ。

ま、食ってみてくれよ里菜サン。きのこと豆腐しか入ってねえが、これがまたウマいんだ。

里菜サン、そのすいーとぽてとで今日はどこのハラキリお大名の話をすりゃあいいだい?

加賀様国替え一件?

ああダメだダメだ。

あのな里菜サン、加賀藩の話なんかすると、オレも左平次も奉行所しょっ引かれちまうんだよ。里菜サン、加賀は御三家に次ぐ家格だ。御城(江戸城)で与えられてる席次は大廊下だ。大廊下詰の大名なんて、御三家・御三卿に加賀・津山・福井くらいのモンだからな。そんな藩のこと迂闊にベラベラ喋ったら奉行所で仕置(拷問)されちまうよ。

ん?

里菜サン、そいつは剣菱か?

しょうが無えなあ。

わかったよ。

わかったよ里菜サン。

左平次、おめえちょっと人が来ねえように表見張ってろ。

あれァな、元和8年の秋

頃から幕府ン中で話が出始めた。

この元和8年の7月3日に加賀中納言様(前田利常)の御正室の子々姫様が病没なさった。享年は24だ。

子々姫様は秀忠公の次女でな。幼少の頃に加賀の前田家へ嫁いだ。その子々姫様が病没されて、幕府としちゃあ「もう加賀に遠慮はいらねえぞ」ってなった。加賀は北国街道から京へ出れるし、何より120万石の大大名だ。こんな眼の上のたんこぶが近江や京の近くに居てもらっちゃ幕府も困るのよ。

そンで里菜サン、あのお方が前田家国替えを思い付いた。ああそうだ、里菜サンが頭ン中に思い浮かべたあのお方だ。

土井大炊頭利勝様。幕府の御大老だ。

大老はな、前田家を四国に国替えしようとした。四国全土に淡路島付けるとだいたい100万石になるからな。足らねえ20万石は播磨や備中の天領(幕府の直轄領)から付けりゃいいだろうってな。四国に飛ばしちまえば眼の上のたんこぶじゃなくなるし、空いた加賀・能登越中に譜代や御家門大名を置きゃあいいと思いなすった。

年号が元和から寛永に変わったあとだったな。この国替えの話と本多安房守様(本多政重)の江戸呼び戻しの二通の手紙が金沢に届いた。そりゃ、加賀藩は大騒ぎよ。何せ住み慣れた金沢から四国に国替えだ。同じ120万石だとしても、土地柄や気候が丸きり違う。さらには安房守様の江戸呼び戻しも付いてた。家光公の名前でな、「14万石与えるから、江戸に戻って来い」って書いてあった。

家光公の手紙をえれえ気にされたお方がいてな。横山山城守長知様。前田家譜代の家臣でな、安房守様同様加賀の国老(家老)だ。

もとは安房守様は江戸の「すぱい」だった。加賀の連中はそれを知ってたから安房守様を嫌ったが、横山様だけは安房守と親友の付き合いをした。横山様が親友が江戸に帰えっちまうんじゃねえかって心配したんだ。で、横山様は二通の手紙を安房守様に見せたときにな、眼ェいっぱいに涙ためて「安房どの、江戸に帰るのか?行くなよ、これは親友としての頼みだ」って言いなすった。安房守様も眼ェいっぱいに涙ためて「見損なうなよ」って家光公の手紙を火鉢にくべた。

安房守様は横山様に「オレは加賀に残る。これからも横山どのと一緒に働く。だからそのもう一通の手紙見せろよ」ってな。

その手紙に里菜サンの知りてえ加賀から四国への国替えのことが書いてあった。手紙見た安房守様はな、「こんなこと思い付くのはあの化物だけだろう。横山どの、あの化物の相手はオレしかいねえだろうから、オレが江戸行って化物退治だ」って言って江戸に乗り込んだんだ。

里菜サン、秀忠公が御大老を「我が家の諸葛孔明」って言ったように、中納言様の父親の前田利長公もまた、安房守様を「我が家の諸葛孔明」って言ってたんだ。二人ともキレ者だから「諸葛孔明」って呼ばれたのよ。そのキレ者同士が御城で「直接対決」だ。

大老安房守様に「加賀は四国に国替えにする。安房どのもこれを機に江戸に戻られればよろしい」って言ったら安房守様はな、「あいにくと今のオレは加賀の国老なんでね。江戸帰参も四国国替えもどっちもお断りするぜ」ってはっきり言いなすった。

大老は腹が立って「じゃあ、幕府が大軍率いて金沢城を攻めてもよいのだな?」って脅すと、安房守様は「やれるモンならやってみりゃあいいじゃねえか。金沢は大坂と違うぞ。冬の金沢で120万石相手にシビレる籠城戦やるんだな?」って言い返した。

里菜サン、御大老が生涯で苦手にした「たいぷ」に陸奥中納言様(伊達政宗)がいた。陸奥様も安房守様も物をズケズケはっきり言う「たいぷ」だからな。御大老はこういうのを苦手にしてたんだ。

安房守様に脅し返されて御大老は「国替えの儀、沙汰止みにする」ってな。安房守様は御大老との喧嘩にきっちり勝って気分スッキリ金沢へ帰えったのよ。

金沢では横山様が涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で安房守様をお出迎えだ。安房守様も喧嘩に勝って気分スッキリで親友の顔を見て「おうっ!今、帰ったぜ!」って、こっちも涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった笑顔で横山様に応えた。

たくさんの大名をお取り潰しにして幕府を守ったキレ者と、何度と無く藩の危機を救ってきたキレ者。キレ者同士の「直接対決」は安房守様の勝ちだった。

里菜サン、安房守様は単に前田家のために喧嘩したんじゃねえぜ。安房守様はな、親友のために喧嘩したんだ。しかもその相手がその名を聞いただけで誰もが震え上がる土井大炊頭利勝なんだからな。

親友のために大物と喧嘩。本多安房守政重ってえ男の値打ちはそこにある。オレァそう思うぜ里菜サン。

きのこ鍋のあとのすいーとぽてともウマいな。

里菜サン、また。