もずの独り言・はてな版ごった煮

半蔵&もず、ごった煮の独り言です。

なめくじ長屋の里菜日記/来島康親

左平治、ありゃあかおりさんじゃねえか。いつ讃岐から江戸に出て来たんだ?

まあいいや。積もる話は酒飲みながらだ。

でもよ左平治、何でまた里菜サンが一緒なんだ?

まあいいや。剣菱持って来てるだろうから、酒代浮いてちょうどいいぜ。

かおりさん、いつ江戸に?

つい2、3日前?

あ、いや、手前どもで警護を付けねえとって…

それには及びません?

警護は水戸屋敷から付けてもらってるんですかい。

かおりさん、今日はそこにいる里菜サンの剣菱を燗にしますんで、少々お待ちを。

ん?

何でえ里菜サン、そんなに強く袖引っ張ったら痛てえじゃねえかよ。

わかった。わかったよ。

じゃ、向こう行って話しようや。

おい左平治、おめえちょっとかおりさんの相手頼むわ。

あの人誰だ?

だって里菜サン、かおりさんと話ながら長屋に来たじゃねえか。かおりさん自身から何も聴いて無えのかよ?

あのお方はかおりさんってお方で、讃岐中将様(松平頼常)の御落胤だ。御生母の身分がちょいと低いお方だったから認知出来なかったんだ。

讃岐中将様の御子ってこたァ、水戸のジイサンの実の孫ってこった。

かおりさんはたまにこうやって江戸にフラッとお越しになられるんだ。そン時はオレたちが警護するんだが、今度は水戸藩で警護するってこったろう。

で、剣菱にすいーとぽてとに…

こりゃ里菜サン、鯛に海老にたこにいか…ずいぶん海の幸てんこ盛りじゃねえか。

へ?

来島右衛門佐様(来島康親)だ?

ああ、村上水軍の話か。

里菜サン、なかなかシブ~いとこ聴いて来るな。

よしわかった。

じゃ、ちょいと聴いてくんな。

右衛門佐様のお父上は来島通総様ってお方でな。太閤の四国征伐のあとに村上水軍の総大将になったんだがな、慶長2年の唐入り(慶長の役)のときに朝鮮で討ち死にしちまった。そンで右衛門佐様が村上水軍と伊予鹿島1万4千石を御相続なさった。

右衛門佐も唐入りで戦ってな。で、唐入りの最中に太閤がポックリだ。

そのあとの関ヶ原で右衛門佐様は石田に付いた。右衛門佐様ご自身が太閤のおかげで水軍と家督を相続出来たってのもあるし、昔っから毛利と関係が深かったってこともある。毛利は豊臣ベッタリだからな。

でもまあ、関ヶ原で石田方は負けちまった。毛利は減知のうえ広島から萩に国替えだ。来島家は伊予鹿島1万4千石没収。右衛門佐様はこの瞬間から浪人よ。

このとき、右衛門佐様を救ったのが福島左衛門大夫様(福島正則)だ。右衛門佐様のカミさんが左衛門大夫様の弟・高晴様の娘でな。右衛門佐様のカミさんが叔父さんに泣きついたってワケだ。

左衛門大夫様は本多上野介様(本多正信)に「何とかなんねえか」って相談した。本多様としても関ヶ原のときの福島軍の働きが大きかったことはよく知ってるからな。で、本多様が権現様に「左衛門大夫どのから頼まれまして…」ってな。

徳川の天下が固まるまでは福島は敵に回せねえ。権現様は伊予鹿島から豊後森に国替えにすることを条件に大名としての存続をお認めなすった。認めはしたんだがな、「城を持つことは許さん」って、森領内にあった角牟礼城は破却、代わって陣屋を築けって命ぜられた。

また、森藩の領地はそのほとんどが内陸でな。飛び地で大分湾をもらったが、これじゃ水軍は維持出来ねえ。南北朝の頃から続いた村上水軍はこれでおしまいだ。

水軍は持てなくなったが、飛び地に大分湾を与えたところが権現様の粋な計らいじゃねえか。それとな里菜サン、権現様は右衛門佐様に偏諱をお与えになった。もともと右衛門佐様は「長親」ってえ名前だったが権現様が「康」の字を与えて「康親」って名前になった。天下人が1万4千石の大名にわざわざ偏諱を与えるなんざァよっぽどのことだぜ里菜サン。

村上水軍はこれで無くなったが、森藩は水軍じゃなくてみょうばん作りで有名になった。里菜サンの時代に寿司屋がうに保存すンのに使うあのみょうばんだ。

水軍からみょうばん。

森藩は明治まで存続したんだぜ。

慶長17年3月15日。

来島右衛門佐康親、没。

享年31。

若くして逝っちまったが、関ヶ原で石田に付いたのに1万4千石は取り戻すわ権現様から偏諱はもらうわですげえ若者だったんだなってな。

来島家は子孫が名字を久留島に変えて明治まで続いた。

ああかおりさん、お待たせしました。

ここにたこの足一本揚げをご用意いたしました。

へ?

油揚げ?

かおりさん、あいにくと油揚げの用意は…

この次はアリサさんも連れて来ます?

かおりさん、そいつァ平にご容赦を。

里菜サン、楽しい道中でしたよ?

良かったな里菜サン。かおりさん楽しかったってよ。

じゃあオレァ里菜サンのいかそうめんに剣菱で一杯だな。

里菜サン、また。