もずの独り言・はてな版ごった煮

半蔵&もず、ごった煮の独り言です。

なめくじ長屋の里菜日記/津軽為信-オレの親父は関白の御落胤-

おい左平次!

朝っぱらから鍋カンカン鳴らすのやめさせろ!

だいたい、水戸のジイサンが甘やかしてぷろいせんに帰さねえからああやって人ンちの前で「アブラゲ!アブラゲ!」って鍋カンカン鳴らすんじゃねえか!

左平次!おめえからよくよくアリサに言っとけ!

油揚げ食いたきゃオレんちじゃなくて豆腐屋行けってな!

ああ待たせて済まねえ里菜サン。

朝っぱらから例のあのトンチキお姫さんが油揚げよこせってうるせえからよ。

で、今日はどこのハラキリお大名の話をすりゃあいいんだい?

ん?

里菜サン、こいつァなめろうだが、あじじゃねえなあ。

へ?

ひらめ?

里菜サンの時代はひらめもなめろうにしちまうのか?すげえな里菜サン。

で、こいつは津軽のひらめなのか。それにいつものすいーとぽてとと剣菱

じゃ、津軽の話かい里菜サン?

何?

津軽右京大夫様(津軽為信)だ?

ああ、ありゃあ面白れえお方だぜ。

別にあのお方の話しても奉行所にゃしょっぴかれねえが、里菜サンみてえな若けえお嬢さんが聴きたがる話でもねえんだがな。

ひらめのなめろうもらったからな。

じゃ、話すから聴いてくんな。

おいアリサ、おめえもだ。

おめえもそこ座って聴いてけ。

右京大夫様はもともと大浦って姓だった。

右京大夫様の親父が大浦政信様ってお方でな。このお方自体はそんなじゃねえんだがな、右京大夫様が面白れえお方でな。ま、里菜サンにわかりやすく言やあホラ吹き野郎だった。

里菜サン、右京大夫様はな、「オレの親父は関白・近衛尚通公の御落胤なんだぞ」ってそこらじゅうに言いふらした。どうだい里菜サン、この時点でトンチキ臭がプンプンするだろ?

そりゃ、あんな北の果てに尚通公が行くなんて絶対に無えし、近衛家にいたオンナの中に津軽へ落ちて行ったヤツなんざいやしねえ。でもよ里菜サン、右京大夫様は「オレの親父は関白・近衛尚通公の御落胤」ってホラ吹き続けた。

で、こっからだ。こっからがこのホラ吹きお大名の面白れえトコなんだ。

里菜サン、右京大夫様はな、都から遠く離れた津軽から都の近衛家にカネとコメを送り始めるんだ。近衛家五摂家って言っても貧乏だったからな。そりゃ、津軽からのカネとコメをありがたく頂戴した。しかもこいつァ長年続いた。

長年カネとコメをもらい続けりゃ近衛家だって悪い気はしねえ。そこへ里菜サン、右京大夫様は当時の近衛家の当主の前久様(近衛晴嗣)に「オレを猶子にしてくれろ」って頼み込んだ。北の果ての5万石そこそこの小粒大名がだぜ里菜サン、関白の猶子になりてえって。こいつァやっぱどっかトンチキなんだろうなァって思うんだが、この願いに前久様が「わかりました。為信さんを麿の猶子にしましょ」って返事した。びっくらこいたぜ。前久様も「うちのお祖父さん(近衛尚通)がこんな毛むくじゃらの父親の父親なんてこと無いやろし、麿の従兄弟にこんな毛むくじゃらおったらおかしいけど、この毛むくじゃら、いっつも麿にカネとコメ送ってくれよるからなァ」って思ったんだろうぜ。これで毛むくじゃらの大浦為信は関白・近衛前久猶子の津軽為信になったんだ。右京大夫様は前久様の猶子になるとき、姓を大浦から津軽に変えた。ま、関白の猶子として新しい人生を新しい姓で「すたーと」したかったんだろう。

里菜サン、近衛家は懐の深いところがあってな。太閤も羽柴姓のまんまだと征夷大将軍も関白もダメだから、前久様にたんまりカネ渡して猶子にしてもらった。だから太閤は「関白・豊臣秀吉」になれたのよ。

猶子ってのは相続権の無い養子のことで、里菜サンには「疑似家族」「疑似親子」って言い方するとわかりやすいんじゃねえかな。

面白れえのはな、これで太閤と右京大夫様が近衛家で義兄弟になったってこった。天下人と5万石の毛むくじゃらが兄弟。里菜サン、面白れえだろ?

太閤が薨去なさると、右京大夫様は関ヶ原で負けた石田治部(石田三成)の息子を弘前に連れ帰って家老にしたんだ。それに加えて、弘前城ン中に太閤の像造ってな、供養したんだよ。みんなが幕府の顔色うかがって下向いてなきゃいけねえ時代にだぜ、石田治部の息子引き取って太閤の像城ン中に造るなんざ痛快なホラ吹きじゃねえか。そう思わねえか里菜サン?

津軽と近衛の付き合いはこのあともずっと続いた。これがのちのち津軽家のためになった。

前久様の猶子になって家系を近衛にした右京大夫様。ホラをホントにしちまったんだからな。面白れえや。

里菜サン、オレたちの時代にゃこんな変わり者もいたんだぜ。

ひらめのなめろう

里菜サン、剣菱にぴったりだったぜ。

ああそうだ。

左平次がアリサの分と二人分、蕪と油揚げの炊き合わせこさえたから、今日はそれ持ってってくんな。

里菜サン、また。