左平治、ありゃあ里菜サンとアリサだけど、何やら今日は鍋じゃねえの持って来てやがるな。
菰に何かくるんでやがるな。火縄じゃなきゃいいんだがな。
ま、中で見せてもらおうか。
里菜サンもアリサも、その菰にくるんでるのは何でえ?まさか火縄じゃねうだろうな?
おお、こいつァ立派なごぼうだ。それにそっちの菰にゃあにんじんか。
で、左平治の手にゃあ油揚げ。
ああわかった。
里菜サンもアリサも炊き込みごはんが食いてえって、そういう話だろ?
よし。おい左平治、里菜サンとアリサに炊き込みごはんつくってやれや。
ありゃあ酒にも合うからな。
剣菱にかぼちゃの煮付けに凍み豆腐(高野豆腐)。
里菜サン、今日はやけに「けんこうてき」だな。
今日はどこのハラキリお大名の…って里菜サン、こいつァ南部の吉次郎坊っちゃんが木から落っこちてる絵じゃねえか。
ダメだこんなの!
早くしまえって!
ったく、何でこう里菜サンはアブねえモンばっかし長屋に持って来るんだろうな。
その絵ってこたァ南部の替え玉相続の話しろってこったろう。
あの話はな、江戸じゃしちゃいけねえの!
江戸でその話したら打ち首なんだよ!う・ち・く・び!!
炊き込みごはんつくってやるから、食ったらさっさと帰えってくれ。
ん?
アリサ、おめえまで何か出しやがって。おめえは何持って来たんだよ?
おっ!
こいつァあんこうじゃねえか。それも一匹丸々だ。
何?
このあんこう、水戸のジイサンからだって?
で、ジイサンの手紙がこれか。
どれどれ…
「南部の替え玉の一件、里菜サンとアリサに話してほしい。幕府と盛岡藩には余が話をしてある」
これなら打ち首にはなんねえな。
じゃ、里菜サンもアリサも聴いてってくんな。
南部大膳大夫利用様。
木から落っこちたほうの利用様は幼名を吉次郎様と言った。
文化4年の12月19日のお生まれでな。
早くに南部利敬様の御養子になられた。
文政3年に利敬様が死んで家督相続しなすった。家督相続と同時に名前も南部利用様と改めた。こンとき吉次郎坊っちゃんは14歳だ。
ま、このまま何事も無けりゃ吉次郎坊っちゃんがずっと南部の殿様だったんだろうが、家督相続の翌年に「何事」が起きちまう。
文政4年の、ありゃあ5月のことだったな。
庭で木登りして遊んでた吉次郎坊っちゃんが木から落っこっちまってな。
それから意識が戻らねえんだ。どこをどう打ってどうケガしたかは南部の奴等が一切明かさなかったからわかんねえんだがな、とにかく意識が戻らなかった。
そのまま吉次郎坊っちゃんは8月21日に死んじまった。享年は15だ。
困ったのは南部の家老連中だ。藩主横死はお取り潰しだ。陸奥盛岡20万石の連中がみんな乞食になっちまう。それは絶対避けなきゃなんねえ。
里菜サン、南部にとってひとつ救いだったのが、吉次郎坊っちゃんがまだ家斉公に家督相続の御目見(おめみえ)をしてねえってことだ。御目見は相続の挨拶を将軍にすることで、里菜サンにわかりやすく言やあ御目見が「大名でびゅー」なんだよ。
御目見をしてねえってこたァ、家斉公も御老中もみんな吉次郎坊っちゃんの顔を知らねえってこった。
南部の連中はな、「顔、知られちゃいねえんだ。替え玉御目見させてそいつを南部利用公ってことにすりゃあいいんだ」って思い付いた。
で、家老連中は南部一族から吉次郎坊っちゃんに歳の近いの探し出してな。そいつが南部善太郎。享和3年生まれだから吉次郎坊っちゃんより5つばかし歳上だわな。
この善太郎を南部大膳大夫利用として家斉公に御目見させた。5つくらい違っても見た目はそんなに変わらねえ。善太郎は上手いこと替え玉になって南部利用になりすました。そンでこいつが死ぬまで南部利用ってことになった。
里菜サン、こいつァ御目見前だから出来た替え玉相続だ。幕府は藩主が死ぬと大目付を派遣して判元見届ってのをさせた。判元ってえのは死んだ藩主のオロク(遺体)のことでな、おかしな死に方(横死)じゃねえか確認させたんだ。判元見届はオロクの確認から里菜サンの時代で言う「事務手続き」までを指す。相続にも「事務手続き」はあるからな。
これが御目見のあとだと顔が知れちまってるからな。ごまかし効かねえんだよ。ま、南部の連中もよく思い付いたモンだな。
善太郎は文政8年の7月18日に江戸で死んだ。
本当は享年23だが、吉次郎坊っちゃんの生年で数えると18だ。善太郎は南部大膳大夫利用として大目付の判元見届を受けた。死んだあとまで南部大膳大夫利用を演じなきゃなんねえ人生だったからな。善太郎自身は「オレの人生、何だったのかな」って気持ちだったかも知れねえな。
里菜サン、人生の途中から違う人生を歩むって、いったいどんな気分なんだろうな。
お大名の世界には時々よくわからねえことがあるからな。
さ、炊き込みごはんが出来たぜ。
アリサの大好きな油揚げもたっぷり入れたからな。
里菜サン、いつもの剣菱はありがたく頂戴するぜ。
里菜サン、また。