【2008年3月28日☆】
新年度から新しい生活が始まった人たちに向けて北条氏康のことを書く。
北条氏康は生まれつき神経質というか敏感というか、そんな感じの子供だった。
氏康は初陣のとき、恐怖のあまり馬上失禁してしまった。
これを恥じた氏康は小田原城に帰ると自害しようとした。
それを家老が見つけて止めた。
家老は、
「若殿が馬上でお漏らしをしたことを我等は笑いませぬ。お漏らしするのは『いくさが怖い』という素直な気持ちがお漏らしに繋がったのでござる。いくさを怖がらない大将は、いのちを大切にしようとしません。いのちを大切にしない大将のもとでは、家臣一同戦えませぬ。だから、我等は若殿のお漏らしを笑いませぬし、恥じることも無いのです」
と言った。
氏康はこの家老の言葉で救われた。
「臆病でも、いのちを大切に」
これが氏康を名将にしたきっかけだった。
臆病である自分を素直に受け入れることで、氏康は一皮むけたのだ。
これ以後、氏康は戦場で名乗るとき、必ず
「我こそは臆病者の北条氏康なるぞ!」
と名乗るようになった。
氏康は関東の上杉家の勢力を一掃し、その一方で武田・今川と『甲相駿三国同盟』を締結し北条氏を関東の覇者たらしめた。
新しい生活は期待と不安がセットになっていて当たり前。
臆病という欠点を逆手に取って一皮むけた氏康。
不安が大きくても気に病むことは無い。