【2012年5月30日☆】
松平出羽守宗衍。
出雲松江藩主である。
かの有名な松平不昧治郷は宗衍の息子だ。
宗衍は、妖怪や化け物が大好きだった。
江戸藩邸の自室には部屋いっぱいに妖怪や化け物の絵を描かせた。
そしてその大好きな妖怪や化け物の絵を人に見せるのがまた大好きだった。
その宗衍が、いたずらを思い付いた。
江戸高輪に貧乏な老医師とその妻が二人きりで暮らしていた。
宗衍はこの老医師をいたずらのターゲットにした。
ある日、身分のある侍だと一目でわかる者がこの老医師の家を訪ねた。
この侍は
「拙者はさる国持大名に仕える者でござるが、実は我が殿が先日より病を患っているのでぜひ当藩邸に御来診していただきたく参上いたした」
と言い、「駕籠の用意も出来ておりまする」と老医師に来診を頼んだ。
老医師は最初断ったが、この侍が「先生をお連れ出来ぬときは、拙者腹を切りまする」と言ったためにしぶしぶ駕籠に乗った。
駕籠は松江藩江戸藩邸に着いたが、老医師は松江藩邸だと気付いていない。
屋敷で出迎えを受けた老医師は「どうぞこちらへ」と案内され、邸内の一室に通された。
その一室に小僧が茶を持ってやって来た。が、その小僧の顔を見て老医師は「ヒエッ!」と悲鳴を上げる。一つ目小僧なのだ。
一つ目小僧の次に現れたのが身長七尺一寸(約2m10cm)の大入道で、「煙草盆をお持ちしました」と大迫力で話しかけた。
「もうヤダ!助けてっ!」
老医師はこう叫んで屋敷から逃げ出そうとするのだが、出口がわからない。
と、そこへ今度はスラリとした天女風の美女が「どうぞこちらへ」と老医師の手を引く。
手を引かれるままに通された部屋で、松平宗衍は大勢の客を招いて宴会の真っ最中だった。
「おう先生!よう来てくれた!こちらに来て一献受けてくれ」
宗衍は上機嫌で大盃に酒をなみなみ一杯注いで老医師に飲ませた。
宗衍の次は来客が老医師に盃を飲ませる。老医師はとうとう酔いつぶれた。
その酔いつぶれた老医師の両脇を赤鬼と青鬼が抱きかかえて高輪の自宅まで送って行く。
老医師にとってはめちゃくちゃな一日だった。
翌朝、酔いが覚めた老医師は枕元を見てびっくりした。
枕元には新品の衣類と「診察料」の名目の大金。
添えられた手紙には
「老いてなお、妻を大切にすること称賛に値する。医は心の仁術なり。宗衍」
と書かれていた。